士林夜市、あるいは夜の迷宮について ―― 村上春樹

台北に着いたのは、確か木曜日の午後遅くだったと思う。でも正直なところ、曜日なんてものは旅の途中ではあまり意味をなさない。重要なのは、その夜に士林夜市へ行こうと決めたことだった。

決めたというより、なんとなくそういう流れになった、と言う方が正確かもしれない。

ホテルのフロントの女性が、「士林夜市はいかがですか」と言い、私は「ええ、いいですね」と言い、それだけのことだった。人生の多くの重要な選択は、だいたいそんなふうにして決まる。

地下鉄に乗ってしばらくすると、剣潭という駅に着いた。ホームに降り立った瞬間、熱気と人いきれと、油で揚げたものの匂いが一斉に押し寄せてきた。それはまるで、誰かが巨大な窯の蓋を開けたようだった。

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夜市への道は、人で埋め尽くされていた。

誰もが何かを食べながら歩いていた。串に刺した何か、紙コップに入った何か、袋に詰められた何か。台北の人々は、食べることについて、ある種の真剣さを持っているように見えた。それは義務感とは違う。もっと根源的な、生きることそのものへの肯定感、とでも言うべきものだった。

私は人の流れに身を任せながら、士林夜市の奥へと分け入っていった。

屋台が何十軒も連なり、それぞれが己の主張を大きな声と派手な看板で訴えていた。臭豆腐、蚵仔煎、大腸包小腸、珍珠奶茶。名前だけ聞いても何だかわからないものたちが、こちらの食欲と好奇心を等分に刺激した。

ふと気づくと、私はある屋台の前で立ち止まっていた。

胡椒餅を売っている屋台だった。丸いタンドール窯の内壁に、無数の生地が貼り付けられていて、職人が長い鉄の棒でそれをひっくり返していた。焼き上がった餅は表面がこんがりと香ばしく、中から豚肉と胡椒の香りが立ち上った。

私はそれを一つ買って、食べた。

熱くて、旨かった。

それ以上の言葉は必要ないように思えた。

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夜市の中には、地下フードコートがあった。

階段を下りていくと、そこには別の世界が広がっていた。蛍光灯の白い光の下で、何十もの食堂が軒を並べ、客たちが無言で麺をすすり、スープを飲んでいた。地上の喧騒とは打って変わった、奇妙に落ち着いた空間だった。

私は一軒の食堂に入り、牛肉麺を注文した。

相席になった老人は、私が日本人だとわかると、少し目を細めて頷いた。それだけだった。彼は自分の食事を続け、私は自分の食事を続けた。言葉はいらなかった。食べることは、ときに言語を超えたコミュニケーションになる。

牛肉麺は、深く煮込まれたスープが骨の髄まで染みるようで、麺はもちっとしていて、牛肉は箸で触れると崩れるほど柔らかかった。私は時間をかけてそれを食べた。急ぐ必要はなかった。夜はまだ長かった。

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夜市を出たのは、夜の十時を回った頃だった。

街頭に立って、ふと後ろを振り返ると、夜市の灯りがまだ煌々と輝いていた。その光景は、なぜかひどく切なかった。切ない、というのは正確な言葉ではないかもしれない。でも他に適切な言葉が見つからなかった。

台北という街は、夜に本領を発揮する。

昼間はただの、アジアのどこにでもありそうな大都市だ。でも夜になると、街は独自の顔を持ち始める。路地に灯る小さな食堂の明かり、バイクのヘッドライトが交差する交差点、どこからか流れてくる歌謡曲。それらが混然となって、台北の夜という一つの特別な空気を作り出す。

私はホテルへの帰り道、コンビニに寄って缶ビールを買った。台湾ビールだ。ひんやりとした缶を握りながら歩いていると、さっき食べた胡椒餅の味がまだ口の中に残っているような気がした。

おそらくそれは気のせいだった。でも旅の記憶というのは、そういうものだと思う。実際の体験より少しだけ美化されて、少しだけ長持ちする。そしてある夜、ふと思い出したとき、それはもう完全にあなたのものになっている。

台北の夜は、静かに更けていった。

―― 了

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