台湾旅行記 ―― 三島由紀夫

台北の空は、硫黄色の薄霞に包まれていた。飛行機が滑走路に接地した瞬間、私はある奇妙な予感に捕らわれた。それは懐かしさでも驚きでもなく、自分がいま、文明の境界線上に降り立ったのだという、ほとんど形而上学的な確信であった。

空港を出ると、熱気が衣服ごと肌に貼りついてくる。東京の夏の湿熱とは質を異にする、もっと濃密で、腐植土のにおいを帯びたそれである。南国の太陽は情け容赦なく万物を灼き、路傍の菩提樹の葉は、まるで錫箔を貼ったように光を弾いていた。

台北は不思議な都市だ。日本統治の時代の名残を随所に留めながら、しかしそれをことさら誇示するでも、恥じ入るでもなく、ただ静かに自らの肉体の一部として消化してしまっている。総督府の赤煉瓦は、今も堂々と大通りに面して建っており、その重厚な石造りのアーチの下を、バイクの群れが轟音を立てて駆け抜けていく。歴史とは、このように無頓着な日常の中にこそ真に保存されるものかもしれない、と私は思った。

夜市へ足を踏み入れると、世界はまったく別の相貌を呈する。幾十もの屋台が軒を連ね、豚の腸を煮込む湯気と、砂糖を焦がす甘い香りと、香辛料の刺激とが渾然一体となって、人の五感を包囲する。老いた女が無言で麺を打ち、子供たちが裸足で石畳を駆け回る。貧しさと生命力とは、ここでは同一の輝きを放っている。私は一杯の臭豆腐を口にした。その凄まじい発酵臭の奥に、しかし確かに旨味の核心があった。美とは、しばしばかかる逆説の形をとる。

翌日、私は淡水へと向かった。河口の町は、夕暮れ時、対岸の山に日が沈むにつれて、黄金から橙へ、橙から深紅へと、刻々と色を変えてゆく。河面は鏡のように凪ぎ、渡し船の白い航跡だけが、静寂に一筋の傷を刻んでいた。老街の細い路地に分け入ると、清朝の商家の名残である古い石造りの建物が、蔦に半ば覆われたまま建ち並んでいる。そこには時間が積層されており、どの層を剥いでも、別の時代の息づかいが漏れてくるようであった。

台湾という島は、つくづく多重な場所である。先住民族の記憶、オランダ統治の痕跡、鄭成功の漢民族としての気概、日本の近代化の刻印、そして国共内戦の傷痕。それらのどれもが等しく本物であり、どれもが完全ではない。この島は、単一の物語によって語ることを頑として拒む。しかしそれゆえに、ここには人間の歴史の縮図たる凄みがある。

故宮博物院を訪れたのは旅の最終日であった。夥しい数の宝物の中で、私がもっとも長く立ち止まったのは、翠玉白菜と呼ばれる一片の翡翠の彫刻であった。白菜の葉脈の繊細な起伏、その上に止まる螽斯と蝗の写実の極致。これを彫った無名の職人は、おそらく名声も栄誉も望まなかっただろう。ただ一つの完璧を、冷たく硬い石の中に封じ込めること、それのみが彼の生の全てであったに違いない。美とは、かくも孤独な営みである。

帰路の飛行機の中で、私は窓の外の夜の海を眺めていた。漆黒の水面に、台湾の灯りが遠ざかってゆく。あの島は今夜も、熱帯の夜気の中で、幾千万の人々のざわめきと共に、変わらず生きているだろう。旅とはいつも、他者の生を一瞬だけ盗み見る行為である。そして旅人は、その盗んだ光を胸に抱いたまま、自分の孤独へと帰ってゆく。

東シナ海の上空で、私は静かに目を閉じた。

―― 了

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