
夕暮れのテニスコートほど、近代日本の空虚を象徴する風景はない、と私は思う。
白線は几帳面に引かれている。ネットは中央に垂直の秩序を張り渡し、若者たちはゴム底の靴でその周囲を軽やかに駆け回る。しかし、その敏捷な運動のなかには、武士がかつて刀に託したような、死の気配が決定的に欠けている。汗は流れても血は流れない。敗北しても腹は切られない。テニスとは、敗北の責任を極限まで軽量化した文明の遊戯である。
私はある日、このことを桃太郎について考えながら思った。
桃太郎は、日本人がもっとも無邪気に信じてきた英雄譚である。桃から生まれた美少年が、犬・猿・雉を従え、鬼ヶ島へ遠征する。しかし奇妙なのは、彼がなぜ鬼を討伐しなければならなかったのか、その倫理的説明が驚くほど曖昧な点だ。鬼は「鬼」であるというだけで討たれる。そこには近代的人道主義の煩瑣な弁明は存在しない。力があり、美しく、正義を信じる若者が、ただ海を渡って敵を滅ぼす。それだけで物語は成立している。
現代人はこれを残酷だと言うだろう。
だが私は、むしろそこに日本人の失われた肉体精神を見る。桃太郎はテニスプレイヤーではない。彼は決して「フェアプレイ」のために戦わない。審判もスコアもない。ただ命を賭け、鬼の首を持ち帰る。彼の筋肉は観客の拍手のためでなく、死と直結している。
一方、現代の青年はどうか。
彼らは真夏のコートで、美しく日焼けし、白い歯を見せて笑う。しかしその肉体は、徹底して無害化されている。サーブには速度があり、スマッシュには破壊力があるが、それはネットによって必ず中和される。ネットとは近代そのものだ。人間同士が決定的に傷つけ合わぬよう、あらかじめ世界に張り巡らされた透明な柵である。
桃太郎の世界にはネットがなかった。
海は直結していた。鬼ヶ島とは、死そのものだった。
私は時折、現代の青年たちがテニスコートの中央のネットを取り払い、ラケットを捨て、突然、桃太郎のように海へ向かって走り出したらどうなるだろう、と空想することがある。
おそらくその瞬間、日本の夏は、いまよりもっと危険で、もっと美しくなる。
きじとサルとの出会い
桃太郎が犬に出会ったのは、春の河原であった。
菜の花の黄が、どこか安っぽい絵葉書めいて堤防に貼りついている午後で、桃太郎は黙って黍団子を噛んでいた。すると向こうから、一匹の白い犬がやって来た。白いと言っても純白ではなく、長年の日本の湿気にやや黄ばんだ、畳の縁のような色である。
犬は桃太郎を見ると、ぴたりと足を止めた。
「お腰につけた黍団子を一つ下さい」
その言い方が、実に卑屈でよかった。
現代の青年なら「それ、美味しそうですね」などと曖昧な会話から始めるところだが、犬には欲望しかなかった。桃太郎はそこに好感を持った。武士道とは、欲望を隠すことではなく、欲望に直立することである。
「鬼退治について来るならやろう」
桃太郎がそう言うと、犬は即座に尾を振った。私はこの場面が好きだ。忠義とは、しばしば胃袋から始まる。国家もまた、案外そういう下品な基礎の上に成立している。
犬は団子を呑み込むと、急に態度が変わった。
「実は私は、近隣ではかなり喧嘩が強いことで知られております」
犬という生き物は、食う前と食った後で人格が変わる。これは官僚にも似ている。
そのあと桃太郎は山道で猿に会った。
猿は枝の上から桃太郎を見下ろしていた。実に嫌な目つきだった。人間にもっとも近い獣は、しばしば人間より人間らしい軽蔑を覚えている。
「へえ、鬼退治?」
猿は鼻で笑った。
「そんなの、本当にいるの?」
私はこの猿が好きである。近代知識人の萌芽がある。戦わぬ者ほど懐疑的になるのは、いつの時代も同じだ。
桃太郎は黙って黍団子を見せた。
猿は枝から枝へ飛び移りながら、しばらく考えていたが、結局こう言った。
「……一個でいいの?」
思想は、空腹には勝てない。
猿は犬と違い、食べ方に妙な品があった。団子を少しずつ齧り、いかにも「自分は簡単には買収されていない」という顔をする。しかし最後の一欠片になる頃には、もう桃太郎の二歩後ろを歩いている。知性とは往々にして、降伏を複雑に演出する技術にすぎない。
最後に雉である。
雉は夕陽のなかを、驚くほど美しく飛来した。羽の光沢には、日本刀の刃文に似た冷たい気品があった。犬も猿も思わず黙った。
美というものは、それだけで一種の暴力である。
雉は桃太郎の前に降り立つと、まず黍団子ではなく桃太郎自身を見た。
「あなた、本当に鬼ヶ島へ行くの?」
その問いには、犬のような食欲も、猿のような懐疑もなかった。ただ純粋な危険への好奇心だけがあった。私はこの瞬間、桃太郎が初めて少しだけ姿勢を正したのを見逃さない。
英雄は、同性の忠義より、美しいものの視線によって完成する。
桃太郎は静かにうなずいた。
雉は笑った。
「ああ、いいわ。退屈していたの」
そして団子を受け取った。
犬はすでに二つ目を欲しそうな顔をしており、猿は「鬼ヶ島の労働環境はどうなっているのか」などと聞いていたが、雉だけは西の空を見ていた。
海の向こうに、鬼ヶ島があった。まだ誰も死んでいない黄昏ほど、不気味に美しいものはない。
鬼ヶ島オープン選手権 ― あるいは英雄のサーブについて
鬼ヶ島へ向かう舟の中で、最初に異変に気づいたのは猿だった。
「ねえ」
猿は櫂を止め、遠くの浜辺を指さした。
「なんか……鬼、思ったより陽気じゃない?」
見ると鬼ヶ島の海岸には、赤鬼や青鬼たちが白い短袴のようなものを穿き、奇妙に軽快な格好で跳ね回っていた。しかも彼らは巨大な棍棒ではなく、木枠に網を張った道具を持っている。
犬が唸った。
「武器か?」
「いや……」
猿は目を細めた。
「あれ、ラケットじゃない?」
近づくにつれ、島の全貌が見えてきた。
そこには血なまぐさい砦も、髑髏の旗もなかった。かわりに芝生の整備された広場があり、白線が几帳面に引かれ、中央には巨大なネットが張られていた。潮風に翻るその白いネットは、どこか近代日本そのもののように、清潔で、無機質で、そして妙に人を苛立たせた。
桃太郎は黙った。
赤鬼が近づいてきた。妙に爽やかな笑顔だった。
「ようこそ鬼ヶ島オープン選手権へ!」
桃太郎は刀に手をかけた。
「……貴様ら、村々から財宝を奪ったな」
赤鬼は困った顔をした。
「ああ、あれ参加費」
「参加費?」
「テニスコート維持費って高いんだよねえ」
私はこの瞬間、日本の昔話が完全に近代資本主義へ堕落した音を聞いた気がした。
青鬼がパンフレットを持ってきた。
『第十八回 鬼ヶ島テニストーナメント』
協賛:地獄スポーツ振興協会
犬は低く唸った。
「……殺すか?」
しかし雉が静かに羽を震わせた。
「待って」
夕陽を背に、雉は鬼たちを見た。
「この人たち……たぶん悪人じゃないわ。ただ、スポーツマンシップに脳を侵されてるだけ」
桃太郎は苦悩した。
彼は鬼退治のために育てられた。祖父母は期待し、村人は拍手し、彼自身もまた、自分の肉体が何か巨大な暴力へ奉仕するために存在すると信じていた。しかし目の前の鬼たちは、試合開始前にきちんとストレッチをしている。
桃太郎は人生で初めて、敵の定義を見失った。
そのとき、鬼の大将が現れた。
巨大だった。筋骨隆々で、角は月光のように鋭く、そして異様にフォームが美しかった。
「勝負だ、桃太郎」
鬼はラケットを掲げた。
「ダブルス三本勝負」
犬が叫んだ。
「結局テニスかよ!」
かくして、鬼ヶ島決戦は始まった。
第一試合。
犬と猿のペアは惨敗した。
犬はボールを見るたび本能的に追いかけ回し、猿はサーブのたびに「今のアウトじゃない?」と抗議した。スポーツにおいて、日本人は昔から審判への抗議だけが妙に上達する。
第二試合。
雉と桃太郎。
夕陽のコートで、雉は美しかった。羽ばたくたびに羽根が金色に光り、鬼たちですら見惚れた。桃太郎は初めて、自分の筋肉が殺戮ではなく、美のために動く感覚を知った。
ラリーが続いた。
白球は海風を切り裂き、夕焼けを横断した。
鬼の大将が叫ぶ。
「桃太郎! なぜそこまで戦う!」
桃太郎も叫び返した。
「わからん! だが身体が動く!」
この瞬間、彼は日本人としてもっとも純粋だった。
そして最後の一球。
桃太郎のスマッシュが炸裂した。
轟音。
白球は夕陽を裂き、鬼のラケットを弾き飛ばし、そのまま背後の参加賞バナナタオル山積みコーナーへ突き刺さった。
沈黙。
やがて鬼の大将は笑った。
「見事だ……」
そして静かにラケットを置いた。
「今日から鬼ヶ島のテニススクールは、お前たちに託す」
犬が首を傾げた。
「え、殺さないの?」
「令和だし」
誰も反論できなかった。
その後、桃太郎たちは鬼たちと和解し、鬼ヶ島テニスクラブを設立した。犬はボールボーイとして異常な才能を発揮し、猿はやたら細かいルールブックを書き、雉は圧倒的人気コーチとなった。
桃太郎だけは、時折夕暮れのコートで立ち止まり、海の向こうを見つめた。
彼はまだ少しだけ寂しかったのである。
本当は、一度くらい命を賭けてみたかったのかもしれない。